過熱する抗老化市場|NMN・幹細胞・血液交換を科学はどう見ているか
シリーズ 単発
開催日 2024年11月24日
講師 圓 敦貴(理学博士/一般社団法人 不老長寿研究会 理事/シンシナティ小児病院医療センター 博士研究員/日本学術振興会 海外特別研究員/横浜市立大学 客員研究員)
形式 オンライン(Zoom)・無料
このセミナーでわかること
アメリカで心臓病と老化の研究を続ける研究者を講師に迎え、「生き物の寿命はどう決まるのか」という素朴な疑問から、私たちの体をつくる細胞の働き、がんが生まれる仕組みと予防できるがん、そして幹細胞・エクソソーム・ブタの臓器移植・NMN・血液交換といった話題の若返り法まで、基礎から最新研究まで一気に見わたせます。宣伝文句に流されず、「法律で認められている」ことと「安全で有効である」ことは別だと理解したうえで、過熱する抗老化市場と付き合うための科学的な目線が身につきます。
要点
動物の寿命はどこまで延びるのか
ハムスターは2〜3年、犬や猫は10年あまり、人は80年ほど、陸ガメは100年以上と、動物によって寿命は大きく違います。記録上の最長は、犬で29年、猿で33年、アフリカゾウで80年、人で122歳。チョウザメには152年、アカウニには200年、ホッキョククジラには210歳の個体が確認されており、深海にすむオンデンザメは最低でも400年生きていることが最近解明されました。長生きする生き物には、代謝や動き、成長がゆっくりで、成長が止まらないという共通点があると言われています。オンデンザメは150年たたないと大人にならないと考えられています。動物には、私たちが思う以上に長生きするポテンシャルがあるというのが講師のメッセージでした。
老化とは何か──44歳と60歳前後の節目
「加齢」は単に年を重ねること、「老化」は時間の経過とともに進む体の機能の衰えを指し、人では成長が終わる20〜30歳以降に始まると言われます。最近のスタンフォード大学の研究では、アメリカ人の体をつくる成分(タンパク質、RNA、脂質、代謝産物、腸内細菌の種類など)を数年にわたって解析したところ、44歳と60歳前後で大きく変わることが分かりました。日本で昔から言われる「厄年」のように、不調を感じやすい時期が科学的にもあるらしいということです。老化がプログラムされているのか、蓄積したダメージに耐えられなくなる年数なのかはまだ分かっていません。日本人の死因は1位が悪性新生物(がん)、2位が心疾患、3位が老衰、4位が脳血管疾患、5位が肺炎で、老衰の克服は科学の発展を待つしかありませんが、がんと心疾患の予防と早期発見は、私たちがいまできることだと講師は指摘しました。
体をつくる細胞──分裂する細胞と分裂しない細胞
私たちの体は、イクラの1000分の1ほどの大きさの細胞が何兆個も集まってできています。細胞は大きく、増えることができる「分裂細胞」(皮膚などをつくる前駆細胞など)と、増えられない「非分裂細胞」(脳の神経細胞、心臓の心筋細胞、免疫に特化した白血球、そして老化細胞)に分けられます。老化細胞は、本来増えるはずだった細胞がさまざまなストレスで増えられなくなった結果できるもので、老化の重要な因子として注目されています。分裂細胞の仕事は、30億文字のDNAを正確に複製しながら細胞を増やし、組織を更新することです。分裂細胞は「増えるべきタイミングか」「DNAが傷ついていないか」「文字を全部コピーして等しく分配できたか」に注意しながら増え続けており、それが私たちの若さを支えています。
がんは「アクセル」と「ブレーキ」の故障
分裂細胞がこれらの注意点を無視して目的なく過剰に増えた状態が「腫瘍」で、良性腫瘍(ホクロや粉瘤など)と悪性腫瘍(がん)に分かれます。良性腫瘍は正常な組織との境界がはっきりしていて、大きくなり続けることはありません。一方の悪性腫瘍は境界が曖昧で、どんどん大きくなり、腫瘍の中の細胞が動き回って他の組織に移る(転移する)能力を持ちます。細胞にはがん化を防ぐ仕組みが複数備わっており、がん遺伝子が車のアクセル、がん抑制遺伝子がブレーキにあたります。正常な細胞は赤信号で止まれますが、がん細胞は両方が壊れていて自分では分裂を止められません。ゾウはブレーキ役の遺伝子を多くのコピーで持っているため、人よりがんになりにくいと言われています。目に見える範囲の変化に自分で気づき、早期に病院へ行くことの大切さも強調されました。
防げるがん──ウイルス・細菌・家族性
最近の研究で、ウイルスががんの原因のひとつになることが分かってきました。代表がヒトパピローマウイルス(HPV)で、生涯に10人中8人ほどが一度は感染すると言われ、多くは免疫で処理されますが、持続感染するタイプが子宮頸がんのほとんどに関わり、性別を問わず肛門がんや中咽頭がんなどにも関与します。欧米では男性も含めて接種が進み、45歳までの接種でHPV関連がんの予防効果が期待されています。副作用はどんな医薬品にもあるため、メリットとデメリットを自分で知って判断してほしいというのが講師の考えです。また、胃がん患者の9割以上でピロリ菌の感染が確認されており、抗生物質で除菌できるため、検査で見つかれば早めに対処することが勧められました。乳がんや大腸がんでは、生まれつきがん遺伝子・がん抑制遺伝子に変異がある家族性のがんもあり、身近に若くしてがんになった人が多い場合は、遺伝カウンセリングに相談する選択肢があります。
幹細胞と再生医療──「合法」と「安全・有効」は別
皮膚や消化管、赤血球は分裂細胞によって定期的に更新されますが、脳や心臓の細胞は更新されず、生まれ持った細胞を生涯使い続けるためダメージが蓄積しやすく、失った細胞は戻ってきません。ここに再生医療への期待があります。幹細胞は分裂の際に自分のコピーと組織の種になる前駆細胞をつくれる細胞で、これを使って脳や心臓を新しくつくれないかというのが再生医療の発想です。一方で、市場に広がる「幹細胞注入」や「幹細胞由来成分配合」には注意点があります。誰の幹細胞かが重要で、他人の細胞では拒絶反応やアレルギーの可能性が高まること、幹細胞が分泌するタンパク質には未知の機能を持つものが無数にあり、安全性がまだ保証されていないことです。iPS細胞研究の最前線である京都大学の研究所からも警告が出ており、現在の法律で合法であっても、安全で有効とは限らないまま通ってしまうことが多いと講師は述べました。医師やクリニックの宣伝を鵜呑みにせず、厚生労働省や大学など公的な情報を活用することが勧められました。
エクソソームとリポソームの違い
細胞は他の細胞と連絡するためにいろいろなものを分泌しており、その一つが細胞から放出される小さな袋「エクソソーム」です。中にはRNA、DNA、タンパク質、脂質などの生理活性物質が含まれ、良い作用も悪い作用もあります。これに対して「リポソーム」は細胞がつくったものではなく、人間が脂質でつくった人工の小胞で、製造者が入れたい物質だけを含むため、安全性の面ではコントロールしやすいとされます。講師は現段階ではエクソソームを自分に使いたくないと率直に語りました。
ブタの臓器と、眠っている再生能力
幹細胞から臓器を丸ごとつくるのはまだ難しく、期待されているのがブタに臓器をつくってもらう方法です。強い免疫反応の原因となる遺伝子を除去することで人に移植できるブタ臓器がつくれるようになり、この1〜2年でアメリカと中国で末期の患者を対象に心臓・肝臓・腎臓の移植が試みられています。改善の余地は大きいものの、肝臓を移植した例では肝機能が正常化したと報告されており、深刻なドナー不足への対策として期待されています。日本でも移植用ブタの生産研究が始まっています。また、私たち自身の細胞にも眠っている再生能力があり、寿命2年のマウスで特定の遺伝子の働きを調節すると、老齢でも新しい神経細胞ができたり、本来生えるはずのなかった歯が生えたりすることが示されています。
NMNサプリ──性別で差が出たマウスの結果
NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)はビタミンB3からつくられる補酵素で、エネルギー代謝に必須のNADに変換されます。NADは年齢とともに減るため「減るなら補えば」というのが発想です。NMNの合成酵素を増やしたメスのマウスで寿命延長が見られていましたが、NMNそのものを与えて寿命が延びるかは最近まで確認されていませんでした。最近の研究では、オスのマウスでは寿命は延びず、メスでは約8%(人に換算して約7年)延びたと報告され、オスでも聴力・視力・筋力の低下など老いの症状の軽減が見られたそうです。性別で差があるため、男性への恩恵は限られるかもしれない、というのが講師と聞き手の共通した見方でした。人での臨床研究は各国で進行中ですが、寿命への効果を確かめるには長い年月がかかります。
血液交換──「若い血」より「自分の血を抜く」?
もう一つの話題が血液交換で、年老いたマウスと若いマウスの血液を12週間つなぐと、人に換算して約8年寿命が延びたと報告されています。ただし「若返り因子」はまだ特定されていません。アメリカでは大手企業が巨額を投じて研究所をつくり、ある富豪が息子の血液を自分に入れたものの効果はなかった、という話も紹介されました。最近のマウス研究では、若い血を入れるより自分の血を抜くほうに意味があるらしいことも分かってきており、血液の見方も変わりつつあります。
用語解説
- 老化細胞:本来分裂できた細胞がストレスによって増えられなくなったもので、老化の重要な因子として注目されている。
- がん遺伝子・がん抑制遺伝子:細胞分裂のアクセルとブレーキにあたる遺伝子で、がん細胞では両方が壊れて分裂を止められなくなっている。
- HPV(ヒトパピローマウイルス):ごく一般的なウイルスで、持続感染するタイプが子宮頸がんなどの原因になる。
- 幹細胞:分裂の際に自分のコピーと組織のもとになる前駆細胞をつくれる細胞で、再生医療の中心となる。
- エクソソーム:細胞が放出する小さな袋で、RNAやタンパク質などさまざまな生理活性物質を含む。
- リポソーム:人間が脂質でつくった人工の小胞で、入れたい物質だけを含む。
- NMN:ビタミンB3からつくられる補酵素で、体内でエネルギー代謝に必須のNADに変換される。
- パラビオーシス(血液交換):2匹の動物の血管をつないで血液を共有させる実験手法。
- 異種移植:遺伝子を改変したブタなど、別の種の動物の臓器を人に移植すること。
開催記録
正式タイトル:不老長寿の科学「過熱する抗老化市場」
開催時の申込ページ:Peatix
主催:一般社団法人 不老長寿研究会 協力:横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科 長寿科学研究室、イチバンライフ株式会社

