長寿遺伝子はあるか?|サーチュイン・テロメア・IGF…候補遺伝子の研究でわかったこと
シリーズ 単発
開催日 2024年10月24日
講師 鮎沢 大(一般社団法人 不老長寿研究会 代表理事/横浜市立大学 名誉教授・客員教授)
形式 オンライン(Zoom)・無料
このセミナーでわかること
「サーチュインは長寿遺伝子」といった情報はインターネットに数多くありますが、科学的には何をもって「長寿遺伝子」と呼べるのでしょうか。このセミナーでは、まず長寿遺伝子の定義と見つけ方を整理したうえで、IGF、抗酸化遺伝子、TP53、テロメラーゼ、サーチュインという代表的な候補を一つずつ検証します。さらに長寿家系の解析、長寿メバルと短命メバルの全ゲノム比較、カロリー制限の研究結果を通して、「特定の遺伝子が寿命を決めるわけではない」という結論と、では何が寿命に影響するのかを学べます。遺伝子・DNAの基礎から話が始まるので、専門知識がなくても大丈夫です。
要点
「長寿遺伝子」の定義と見つけ方
講師は議論の前提として、長寿遺伝子を「特異的に寿命の向上に結びつくこと」「その遺伝子を持つ生物が、持たない生物に比べて有意に、はっきりと長寿を示すこと」の2条件で定義します。見つけ方も2通りあり、一つは寿命にマイナスに働く遺伝子を遺伝的に欠損させると長寿になる場合、もう一つはその遺伝子を細胞や個体に導入すると長寿になる場合です。どちらでも寿命が延びれば長寿遺伝子と呼んでよい、というのが出発点です。「それがあれば長寿になれる」と言い切れる遺伝子だけが長寿遺伝子であり、この最低限の定義を満たさないものを軽々しく長寿遺伝子とは呼べない、と講師は強調します。
遺伝子の基礎と「老化関連遺伝子」のマップ
細胞の核の中にはDNAという核酸があり、A・G・T・Cの4つの塩基が糸状につながっています。その一定の長さがタンパク質の設計図(ユニット)になっており、これが一つの遺伝子です。DNAは直接は使われず、いったんメッセンジャーRNAに転写され、リボソーム上でタンパク質が合成されて体を動かしています。DNAのつながりである染色体は、人では22対に性染色体を加えて46本です。講師の研究室では、DNAチップを使って老化細胞で変化する遺伝子を網羅的に調べ、老化関連遺伝子を染色体上に配置したマップを作成しました。老化関連遺伝子が集中して存在する領域があるとのことです。同じ手法で長寿関連遺伝子のマップも作成中ですが、これらはあくまで「関連する遺伝子」であり、上の定義を満たす「長寿遺伝子」とは区別する必要があります。
候補①IGF:成長期には必須、成体では止めると長寿に
最初の候補はIGF(インスリン様成長因子)のシグナル伝達経路で、成長に必須の遺伝子です。線虫では、大人になってからこの経路を不活性化すると寿命が2倍になりました。さらに体内時計にかかわるクロック変異を組み合わせた二重変異株では寿命が5倍に延びます。クロック変異の中身は抗酸化物質が増えることで、線虫では抗酸化物質が寿命に大きく影響することがわかります。マウスでも、何万匹も調べて分離された5〜6種類の長寿変異株が、すべてこのIGF経路にかかわっていました。線虫とマウスで共通の仕組みだったわけです。ただし、遺伝子は成長期に必要でも高齢期には邪魔になることがあり、その逆もあるため、話は単純ではありません。
変異株は長生きしても「健康ではない」
マウスの長寿変異株は、成長に必須の遺伝子を完全に欠損させると死んでしまうため、少しだけ欠損させています。それでも寿命の延びは30%程度が限度でした。さらに大きな問題として、IGF経路の変異株はどれも健康ではありません。生殖能力がない、動きが悪いといった状態で、寝たきりで長生きしても意味がなく、人でこうした操作が許されるはずもありません。講師は「科学的には長寿研究として意味があるが、実用化という点では使えない」と整理します。
候補②抗酸化遺伝子:線虫では効いてもマウスでは効かない
酸化ストレス、活性酸素の話も有名です。下等な生物では活性酸素が寿命に圧倒的に関係しており、線虫では抗酸化遺伝子を強化したり活性酸素を消したりすると長寿になります。ところがマウスに抗酸化遺伝子を導入しても効果はありませんでした。活性酸素は毒として悪者扱いされがちですが、高等動物では感染防御(細菌やウイルスを殺す)や血管拡張など、さまざまな反応に必要な良い働きもしています。プラスとマイナスの効果が相殺され、寿命への効果が出なくなったのだろうと講師は説明します。
候補③④ TP53とテロメラーゼ:予想どおりにはいかなかった
がん抑制遺伝子TP53は「ゲノムの守護者」と呼ばれます。長寿動物として知られるゾウとハダカデバネズミでは、通常2個のこの遺伝子が2個より多く存在するため、長寿に関係しているのではと考えられ、マウスでコピーを増やす実験が行われました。結果は全く逆で、老化を早めてしまいました。「人の予想は当たらない。実験してみるとその通りにいかないのが世の常」と講師は語ります。テロメラーゼも一世を風靡した遺伝子で、学生に「細胞はどうやって老化するか」と聞くとほとんどが「テロメアが短くなる」と答えるほど通説になっています。しかし研究の結果、細胞の老化にはかかわっていないことがわかってきたとのことです。通説はあてにならない、という教訓です。
候補⑤サーチュイン:生存には大事だが、定義は満たさない
サーチュイン遺伝子は飢餓状態で活性化され、遺伝子全体の働きを抑えて休眠状態に入り、飢えを耐え抜くための遺伝子です。自然界の生物のほとんどは飢餓状態にあるため、生存には間違いなく大事な遺伝子です。米国の研究では、高脂肪食で太らせたマウスにこの遺伝子を導入・増強すると生活習慣病が改善したと報告されていますが、正常な食事のマウスでは寿命は延びていません。過食で短くなった寿命を元に戻しているだけで、「長寿をもたらす」という定義を満たさないため、講師は長寿遺伝子に入れていません。断食や一日一食などで活性化されると考えられがちですが、一日程度では戻ってしまい、ずっと空腹状態が続かないと効果は出ないとのことです。さらに講師の予想として、飢餓状態では多くの遺伝子が抑制されるため、長寿に働く遺伝子まで抑制されている可能性があると指摘します。実際、冬眠する動物が特に長寿ということもありません。
長寿家系の遺伝子解析:効果は「数%」
人の全遺伝子を解読したヒトゲノムプロジェクトには講師も日本の一部を担当して参加し、人の遺伝子は約2万2000とわかっています。長寿家系の遺伝子解析では、わずかな違いから遺伝子を見つけること自体はできますが、調べてみるとその長寿効果は数%程度でした。がん抑制遺伝子が欠損した家系ではほぼ100%がんになるという家系遺伝子とは対照的です。都道府県別・国別の寿命ランキングも差は数年で、誤差の範囲です。長寿と呼ぶなら倍とは言わずとも2〜3割は違わなければならず、長寿家系は遺伝子ではなく、その家族の風習、食べ物、行動などによるのではないか、と講師は考えています。
長寿メバルと短命メバルの全ゲノム比較
冷たい水に住む大型の長寿メバルは100年ほど生き、日本近海の温かい海に住む小型のメバルは20年ほどです。ほとんど同じ魚である両者の全ゲノムを比較した研究では、長寿に影響する特定の遺伝子は存在しませんでした。結論は、何十、何百という遺伝子が長い時間をかけて少しずつ変わり、遺伝子のネットワークとして長寿の傾向が生まれた、というものです。バイオインフォマティクスを使って徹底的に比較した素晴らしい研究であり、結果的に「特定の遺伝子は長寿に関与しない」という講師らの結論と一致しました。
カロリー制限は「元に戻す」だけ
カロリー制限は線虫やマウスの寿命を延ばしました。米国の肥満マウスや肥満の人では若干の効果があるかもしれませんが、それは短くなった寿命を健康なレベルまで元に戻しているだけで、長寿になったわけではありません。講師によれば、米国のカロリー制限食は日本の正常食にあたるとのことです。
まとめ:遺伝子ネットワークは完成されている
生物は長い進化と適応の歴史の中で、それぞれの種に最適な遺伝子ネットワークを完成させています。そのため、一つの遺伝子が少し変わっただけで寿命が大きく変わることはほとんどありません。老化は逆で、一つの遺伝子が変わっただけで老化が起こり、ひどい場合には生きていけません。約2万2000の遺伝子は一つ欠けても生存にかかわる必須のもので、ここが長寿と老化の決定的な違いです。長寿変異株はある程度の寿命延長を示しましたが、すべて正常ではありませんでした。長寿に関連する遺伝子はたくさんあるものの、「それがあるから長寿、ないから長寿でない」というものではなく、冒頭の定義には合わない、というのが結論です。
寿命に影響するのは遺伝子より「環境」と「生活様式」
遺伝子は自己修復や病原菌に対する防御など生命機能すべてを担っており、絶対に必要です。しかし寿命全体に占める遺伝子の割合はせいぜい15%程度とされ、食料や気候といった環境因子と、生活様式が圧倒的に大きいと講師は述べます。特に生活様式(食事法、行動パターン、社会環境、ストレス)は、体内で発生する老化誘導物の量を決めるため、最も影響が大きい要因です。体の中の「ゴミ」とその浄化の問題は、欧米の寿命研究では重視されていない点だと指摘します。長寿動物は冷たい水の中などに住み、天敵が少ない、成長が遅い、動きが緩慢、体温が低いという共通点があり、いずれも代謝速度が遅いことを意味します。代謝が遅ければ老廃物や有害物、すなわち老化誘導物の発生が低く抑えられます。長寿の人でも、小食・素食、菜食、禁酒、ストレスの少ない気楽な生活、痩せて小柄という共通点があるとのことです。長寿遺伝子よりも、省エネの「エコスタイル」「エコドライブ」の生き方が大事、というのがこの回の結論です。
質疑応答から
Q. 断食や一日一食で、サーチュイン遺伝子は活性化されるのですか?
A. 一日程度ではすぐ元に戻ってしまいます。効果が出るのは空腹状態がずっと続く場合で、そんなに簡単なものではありません。マウスの実験では遺伝子導入によって過食の悪影響が若干抑えられただけで、短くなった寿命を元に戻したにすぎません。
Q. 冬眠のようにエネルギーを使わない休眠状態は、長寿に働きそうなイメージがありますが?
A. 実際には冬眠する動物が特に長寿ということはなく、長寿とは結びついていません。
Q. 長寿と呼ぶには、どのくらい寿命が違う必要がありますか?
A. 倍とまでは言いませんが、少なくとも2〜3割は違わないと長寿とは言えません。ランキングの数年の差は誤差です。
Q. カロリー制限は線虫やマウスの寿命を延ばしましたが、人では効果がないのですか?
A. 肥満の人には若干の効果があるかもしれませんが、それは短くなった寿命を健康なレベルまで戻すだけです。米国のカロリー制限食は日本の正常食にあたります。
Q. 遺伝子が寿命に大きく関係しないなら、何が寿命に影響するのですか?
A. 環境因子と生活様式です。特に生活様式は老化誘導物の発生量を決めるため、最も影響が大きいと考えています。
用語解説
- 長寿遺伝子:特異的に寿命の向上に結びつき、それを持つ生物が持たない生物より有意に長寿を示す遺伝子(本セミナーでの定義)。
- 遺伝子・DNA:DNAはA・G・T・Cの4つの塩基が糸状につながった核酸で、その一定の長さがタンパク質の設計図となる単位が遺伝子。
- メッセンジャーRNA:DNAの情報を転写した分子で、リボソーム上でタンパク質を合成する際の鋳型になる。
- 染色体:DNAの1本のつながり。人では22対に性染色体を加えて46本。
- DNAチップ:多数の遺伝子の働きを一度に網羅的に調べる解析技術。
- IGF:インスリン様成長因子。成長に必須のシグナル伝達経路で、線虫やマウスの長寿変異株に共通してかかわる。
- クロック変異:体内時計のリズムを決める遺伝子の変異。線虫では抗酸化物質が増える。
- 変異株(ミュータント):遺伝的に変化した個体。多数の個体を調べて分離される。
- 活性酸素:酸化ストレスの原因になる一方、高等動物では感染防御や血管拡張などに必要な物質。
- TP53:がん抑制遺伝子。「ゲノムの守護者」と呼ばれ、ゾウやハダカデバネズミでは通常より多く存在する。
- テロメラーゼ:染色体末端のテロメアにかかわる酵素の遺伝子。細胞老化の原因という通説があった。
- サーチュイン:飢餓状態で活性化され、遺伝子全体の働きを抑えて休眠状態に入るための遺伝子。
- ヒトゲノムプロジェクト:人の全遺伝子を国際協力で解読したプロジェクト。人の遺伝子は約2万2000。
- バイオインフォマティクス:コンピューターを使ってゲノムなどの生物情報を解析する分野。
- 老化誘導物:体内で発生し老化を引き起こす老廃物・有害物。生活様式によって発生量が変わる。
開催記録
正式タイトル:不老長寿の科学「長寿遺伝子はあるか?」
開催時の申込ページ:Peatix
主催:一般社団法人 不老長寿研究会 協力:横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科 長寿科学研究室、イチバンライフ株式会社

