老化のしくみ|細胞はなぜ老いるのか
シリーズ 不老長寿の科学 第1回
開催日 2024年4月10日
講師 高氏 裕貴(一般社団法人 不老長寿研究会 理事/横浜市立大学 長寿科学研究室 客員研究員)
形式 オンライン(Zoom)・無料
このセミナーでわかること
「不老長寿の科学」全4回の第1回は、老化のしくみの基礎です。平均寿命と健康寿命の差、老化の二大仮説(プログラム説と擦り切れ説)、遺伝と生活習慣が老化に占める割合、そして「体の老化は、体内に老化した細胞がどれだけ増えたかで決まる」という考え方を、細胞の基礎知識から順に学べます。後半では、テロメア・活性酸素・老廃物の蓄積という代表的な老化仮説を、研究室の実験結果をもとに一つずつ検証します。細胞老化と細胞死の違いなど、一般に混同されやすい点も整理されています。
要点
平均寿命と健康寿命の「10年」を埋める研究
講師が所属する横浜市立大学 長寿科学研究室は、細胞老化の基礎研究を長く続け、その知見を細胞の若返り研究に応用しています。細胞老化そのものは1960年代に発見された現象ですが、研究室の系譜は1980年ごろから研究を始めた、日本で最も早い時期のグループの一つです。日本人の平均寿命はこの100〜200年で急激に伸び、今では男女とも80歳を超えていますが、介護を必要とせず自立して生活できる「健康寿命」はそれより10年ほど短いとされています。研究室は、この10年の差を埋めることを目標に、さまざまな基礎研究を行ってきました。
老化の二大仮説:プログラム説と擦り切れ説
老化の仮説は世界中で多く提唱されてきましたが、大きく分けると二つあります。一つは「プログラム説」で、老化や死は生まれたときから遺伝的に決まっているという考え方です。老化を司る遺伝子があるとする「マスター遺伝子説」や、よく知られる「テロメア説」がここに含まれます。もう一つは「擦り切れ説」で、機械と同じように、使い続けるうちに消耗して寿命を迎えるという考え方です。擦り切れ説の中にも細かな説があり、研究室では「老廃物蓄積説」が有力ではないかと考えて研究を進めています。
遺伝性の早老症からわかること
プログラム説の根拠の一つとして、遺伝的な早老症が紹介されました。代表的なハッチンソン・ギルフォード症候群では、生まれたときは普通の赤ちゃんでも、10代で髪が抜け、歯が弱り、がんや心筋梗塞など高齢者に多い病気を次々に発症し、平均寿命は13歳ほどとされています。原因はラミンAという遺伝子の生まれつきの異常で、細胞が健常な人より早く老化してしまうことによると考えられています。もう一つのウェルナー症候群は日本人に多い早老症で、DNAを修復する遺伝子の異常により細胞が早く老化します。近年は治療が進み、平均寿命は60歳ほどまで延びていると報告されています。ただし、これらは遺伝性の病気であり、健常な人の老化とは別の話です。
遺伝は2割、生活習慣と環境が8割
健常な人の老化について、DNAが100%同じ一卵性双生児の比較研究が紹介されました。二人を並べた写真では、多くの人が一方を「若く見える」と答え、実際に寿命を調べると、若く見える方が長く生きる傾向があるとわかっています。遺伝子が同じでもこうした差が生まれることから、老化に対する遺伝の寄与は20%程度で、8割ほどは生活習慣や環境で決まると言われています。つまり、生活習慣を変える努力によって老化を抑えられる余地が大きいということです。
体の老化は「老化細胞の割合」で決まる
では老化はどう決まるのか。講師によれば、しくみはとても単純です。若い人の体には、増殖能力が活発な若い細胞が多く、老化した細胞は少ない。年を重ねると老化した細胞が増え、若い細胞が減っていく。老化した細胞が多くなると病気になり、最終的に死に至る、という関係です。この単純なことがわかってきたのは、ここ10年ほどのことだといいます。
細胞の基礎知識:37兆個の細胞とDNA・遺伝子・ゲノム
人の体は約37兆個の細胞の集合体で、細胞の種類は270種類ほどあるとされています。受精卵が45回分裂すると37兆個になり、筋肉や神経などさまざまな細胞が集まって臓器となり、体を作ります。細胞の中にはミトコンドリアなどの細胞小器官があり、最も重要な設計図であるDNAは核に収められています。DNAはデオキシリボ核酸という物質で、A・T・G・Cの4種類の塩基からなります。このDNAで構成された体の設計図が「遺伝子」、遺伝子を含む遺伝情報の全体が「ゲノム」です。遺伝子からメッセンジャーRNAが作られ、その情報をもとにタンパク質が合成されて、体の材料になります。
細胞の老化は「細胞の死」ではない
一般の方からよく「細胞の老化とは細胞が死ぬことですか」と聞かれますが、両者はまったく別の現象です。増殖している若い細胞に強いストレスがかかるとアポトーシスやネクローシスといった細胞死が起こり、死ぬほどではない弱いストレスがかかると細胞は老化します。老化した細胞は死んでいるわけではありません。研究室では胎児由来の細胞をシャーレで培養して調べており、この細胞はおよそ60回分裂すると分裂できなくなります。これは1961年にヘイフリックが発見した現象で「複製老化」と呼ばれます。一方、まだ分裂能力の限界を迎えていない細胞がストレスによって老化してしまうのが「誘導老化」です。がん細胞は、栄養を与え続ければ寿命なく増え続ける細胞であり、それががんの怖さでもあります。老化細胞の最大の特徴は増殖できないことで、若い細胞が小さくスリムなのに対し、老化細胞は大きく扁平に形が変わります。
老化細胞のメリットとデメリット:慢性炎症の悪循環
細胞の老化は悪いことばかりではありません。組織が損傷して多くの細胞が死んだとき、老化細胞が大きくなってスペースを埋め、創傷治癒を促す緊急対応の機能があると言われています。また、ストレスで遺伝子に異常が生じたときに、がんにならないようにするがん抑制機構としての役割も指摘されています。一方でデメリットとして、増殖できないため組織の恒常性を保てず、遺伝子の変化により正常な機能が失われます。最も重要視されているのは、老化細胞が炎症性サイトカインやケモカイン、コラーゲン分解酵素などを細胞外に放出し、周囲の正常な細胞にストレスを与えて老化やがん化を招く「慢性炎症の悪循環」です。この状態が続くと、認知症、糖尿病、腎臓病、筋力低下など、高齢者に多い病気の発症につながると考えられています。
細胞を老化させる原因:外的要因と内的要因
細胞を老化させる原因は、外的要因と内的要因に分けられます。外的要因には、有害な食品、界面活性剤・過剰な塩分・抗がん剤などの化学物質、紫外線や放射線、PM2.5のような大気汚染物質などがあります。内的要因は、私たちの生活からゴミが出るように、細胞が食べ物由来のエネルギーを使って活動する過程で生じる老廃物です。活性酸素もその一種で、こうした老廃物が蓄積すると細胞が老化し、生活習慣病や老化につながると考えられています。
テロメア説と活性酸素説の検証
テロメアは、DNAがコンパクトに収納された染色体の末端にある配列で、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなるため「分裂の回数券」に例えられます。一定の短さになると細胞は分裂できず老化します。がん細胞はテロメアを伸ばす酵素テロメラーゼを出しているため、分裂寿命がありません。ただし、分裂寿命を迎えて老化した細胞にも実はテロメアが意外に残っていること、マウスのテロメアは人の5倍以上長いのに細胞は5倍早く老化し寿命も2年半ほどであることから、テロメアは細胞老化に関係はしていても根本原因とは言えないかもしれない、と講師は述べています。活性酸素についても、若い細胞に活性酸素を発生させる物質を入れると老化し、老化細胞では活性酸素の量が多いことが観察されています。活性酸素の90%以上はミトコンドリアがエネルギーを作る過程で生じ、核やミトコンドリアのDNAを傷つけます。しかし、ビタミンCやN-アセチルシステインなどの抗酸化剤を細胞に与えて分裂寿命を測ると、延びはしたものの5%程度にとどまったため、活性酸素も老化の要因の一つではあるが主因ではないのかもしれない、というのが研究室の見方です。
老廃物蓄積説:タンパク質の「ゴミ」を減らすと寿命が延びる
体内にはタンパク質の分解副産物、DNAやRNAの分解物、糖化物質のAGEsなど、さまざまな老廃物が生じます。例えばタンパク質の副産物が脳に溜まると認知症に関わるとされています。研究室が増殖細胞と老化細胞を比べたところ、老化細胞では若いときの5倍ほどタンパク質の老廃物が溜まっていました。そこでタンパク質の合成をわずかに抑える薬を細胞に与えて分裂寿命を測ると、寿命が30%延びることがわかりました。海外のグループも、必須アミノ酸メチオニンの培養液中の濃度を通常の30分の1にすると分裂寿命が大きく延びたと報告しており、タンパク質の量が減ることが寿命延長につながると結論づけています。さらに、老化した細胞は若返らないというのが定説でしたが、老化細胞のタンパク質合成を少し抑えると、広がっていた細胞が徐々に小さくなり増殖を再開することが発見されました。実験動物の線虫でも、タンパク質を作る能力を少し抑えると寿命が30%延びたと報告されています。
本回のまとめ
老化の原因は、体内における老化細胞の蓄積であり、老化細胞の蓄積はがんや加齢性疾患の発症リスクを上げます。細胞老化のメカニズムにはさまざまな説がありますが、研究室では老廃物の蓄積が主な原因ではないかと考えています。次回は、世界中で行われている不老長寿研究について解説される予定です。
用語解説
- 健康寿命:介護を必要とせず、自立した生活ができる生存期間のこと。
- プログラム説:老化や死は生まれたときから遺伝的に決まっているとする老化仮説。
- 擦り切れ説:機械のように使い続けるうちに消耗して寿命を迎えるとする老化仮説。
- 細胞老化:細胞が死なずに分裂できなくなり、形や性質が変わった状態。細胞死とは別の現象。
- 複製老化:細胞が分裂を繰り返し、一定回数(約60回)で分裂できなくなる現象。1961年にヘイフリックが発見。
- 誘導老化:分裂能力がまだ残っている細胞が、ストレスによって老化してしまう現象。
- アポトーシス/ネクローシス:強いストレスで細胞が死ぬ「細胞死」の代表的な形。
- テロメア:染色体の末端にあるDNA配列。分裂のたびに短くなるため「分裂の回数券」に例えられる。
- テロメラーゼ:テロメアを伸ばす酵素。がん細胞で働いているため、がん細胞には分裂寿命がない。
- 活性酸素:ミトコンドリアがエネルギーを作る過程などで生じ、DNAを傷つける物質。
- ミトコンドリア:細胞内で酸素を使ってエネルギーを作る細胞小器官。活性酸素の90%以上の発生源。
- 炎症性サイトカイン:老化細胞が放出し、周囲の細胞にストレスを与える炎症性の物質。
- AGEs:糖化によって生じる老廃物の一種。
- メチオニン:必須アミノ酸の一つ。これがないとタンパク質を作ることができない。
- 線虫:寿命研究に使われる小さな実験動物。
- DNA/遺伝子/ゲノム:DNAは遺伝子を構成する物質、遺伝子はDNAで書かれた体の設計図、ゲノムは遺伝情報の全体。
開催記録
正式タイトル:老化のしくみ ~リバースエイジングの時代~(第1回/全4回)
開催時の申込ページ:Peatix
主催:一般社団法人 不老長寿研究会 協力:横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科 長寿科学研究室、イチバンライフ株式会社

