不老長寿研究のいま|若い血液・カロリー制限・幹細胞・若返り薬はどこまで来たか

シリーズ 不老長寿の科学 第2回
開催日 2024年5月20日
講師 高氏 裕貴(一般社団法人 不老長寿研究会 理事/横浜市立大学 長寿科学研究室 客員研究員)
形式 オンライン(Zoom)・無料

このセミナーでわかること

「老化細胞の数が老化を決める」という前回の話を出発点に、いま世界で行われている不老長寿研究の代表例を4つに分けて紹介します。若いマウスと老いたマウスの血液をつなぐ実験、サルを使ったカロリー制限の研究、ES細胞・iPS細胞といった幹細胞、そしてラパマイシン・メトホルミン・NMN・老化細胞除去薬といった「若返り薬」の候補です。それぞれについて、動物や細胞で何が示され、人ではどこまで分かっていて、どんな課題が残っているのかを一般の方向けに整理します。最後に、講師の研究室が取り組んでいるアーユルヴェーダのハーブ研究にも触れます。

要点

出発点――老化細胞の数が老化を決める

私たちの体は細胞でできています。若い人の体には増殖能力の活発な細胞が多く、高齢の人の体には増殖能力を失った「老化細胞」が増えていることが分かっています。この老化細胞の数が老化を決めているということが近年の研究で明らかになり、そこから「では不老長寿を導くにはどうすればよいか」という研究が世界中で行われています。今回はその代表として、若い血液の投与、カロリー制限、幹細胞、若返り薬の4つを取り上げます。

若い血液の投与――パラビオシス実験

2005年に科学誌Natureに掲載された有名な実験です。若いマウスと老化したマウスの腹部をつなぎ、血液や体液を互いに循環させる「パラビオシス」という手法を使います。老化したマウスは人と同じように背骨が曲がり痩せてきますが、この実験の結果、若いマウスも老化マウスも「中年」くらいの状態に近づきました。若いマウスの血液に含まれる細胞増殖因子が老化マウスを若返らせ、逆に老化マウスの血液の老廃物が若いマウスを老化させたのではないかと考えられています。マウスのレベルでは若返りが可能だと示した研究ですが、人での研究はまだあまり進んでいません。

カロリー制限――サルの研究で結果が分かれた理由

アカゲザルの研究が有名です。ウィスコンシン大学の研究ではカロリーを制限したサルの寿命が7〜14年延びたと報告されましたが、3年後にアメリカの国立老化研究所(NIH)の同様の研究では寿命は延びませんでした。違いは「もとの食事」です。前者はハンバーガーを自由に食べるような糖分・油の多い食事から30%減らしたのに対し、後者は魚や野菜を含む日本食のような健康的な食事が基準で、30%減らしても有意な差が出なかったのです。ふだん健康的な食事をしている人には効果が出にくいと言われています。また人では、カロリー制限による減量では骨密度も下がり、運動による減量では維持されたと報告され、長年のカロリー制限は骨粗鬆症の危険を高めるのではないかとも指摘されています。

幹細胞――ES細胞からiPS細胞へ

受精卵は唯一、個体をつくれる「全能性幹細胞」で、その発生の途中で現れるES細胞(多能性幹細胞)は20〜30年前から再生医療研究に使われてきました。ただしES細胞は受精卵を使うため倫理上の問題があり、自分の細胞ではないので免疫拒絶の問題もあります。これを解決するために生まれたのがiPS細胞(人工多能性幹細胞)です。皮膚などの細胞に山中先生が見つけた4つの遺伝子を導入して培養すると多能性を持つ細胞ができ、皮膚・心臓・神経などに分化誘導して治療に使うことが考えられています。ただし4つの遺伝子にはがん遺伝子(c-Myc)が含まれ、がん化のリスクがあります。これを入れずにつくる研究もありますが効率が悪く、さらなる研究が必要とされています。

iPS細胞の臨床試験と、山中因子を体内に直接入れる研究

iPS細胞を使った再生医療の試験は数多く行われていますが、10年ほど前に始まった加齢黄斑変性の試験なども含め、まだ際立った成果の報告はなく、時間がかかると講師は見ています。また、iPS細胞をつくる遺伝子である山中因子を、ウイルスを使って体内に直接入れる研究もあり、老化マウスの寿命が約9%延び、臓器の年齢の回復も見られたという結果が今年報告されました。ただしウイルスを使うため、安全性の面で人への応用はまだ難しいとされています。

若返り薬の候補① ラパマイシン

若返り薬の候補として最も古くから研究されているのがラパマイシンです。イースター島の放線菌から発見された化合物で、免疫抑制剤として薬にも使われています。mTORというタンパク質を阻害してタンパク質合成を抑え、オートファジーを誘導すると言われ、寿命延長効果、抗がん効果、免疫抑制効果が知られています。人の細胞の寿命を顕著に延ばし、マウスでもオス・メスともに平均寿命が約10%延びると報告されています。人の臨床試験はアメリカを中心に行われ、免疫系や血管系などで良い変化が出たとされる一方、副作用として感染症の増加が見られました。免疫抑制を抑えて寿命延長効果を高める誘導体の研究も進んでいます。

若返り薬の候補② メトホルミン

メトホルミンは、ガレガソウという植物の成分の類似体で、糖尿病治療薬として長く使われてきました。AMPキナーゼに働きかけて糖代謝を整えるとされ、マウスに0.1%の低用量を食べさせると約5%の寿命延長が報告されています。一方、1%では逆に寿命が短くなる毒性を示しており、摂る量が非常に大事だと講師は強調しました。人でも臨床研究が進んでおり、高齢者への投与で健康状態の向上が見られたことが報告されています。

若返り薬の候補③ NMN

NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)はすべての生物が持つ物質で、ビタミンB3(ナイアシン)からつくられ、体内でエネルギー代謝に必須のNADに変換されて働きます。NADは年齢とともに減るためNMNを補おうという研究が進み、サーチュイン遺伝子を活性化するとされています。2016年に日本人研究者の今井先生が発表した論文が有名で、老化マウスにNMNを食べさせると肥満の抑制、骨密度や目の機能の向上、エネルギー代謝の改善などが見られたと報告されました。一方、NMN合成酵素を発現させたマウスではメスは寿命が延びたもののオスは延びず、性別で違いがあるのではないかと言われ、まだ研究段階です。

老化細胞除去薬(セノリティクス)――良い面と落とし穴

老化細胞を特異的に殺す薬剤が「セノリティクス」で、老化(セネッセンス)と溶解(リティクス)を組み合わせた造語です。抗がん剤、ケルセチン・フィセチン・ピペルロングミンなどの植物成分、免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボなどが候補として研究されています。老化細胞はSASPと呼ばれる炎症性物質やコラーゲン分解酵素を放出して正常な細胞を傷つけ、糖尿病などの加齢性疾患を進めると言われるため、これを取り除こうという発想です。マウスでは身体機能・腎機能・肺機能の低下や炎症の軽減が報告され、健康寿命が約6%延びたという報告もあります。ところが老化細胞をすべて除去できるマウスでは体がぼろぼろになりました。老化細胞は傷の修復にも関わる良い面もあり、全部を取り除くと悪い作用が出るのです。応用にはまだ時間がかかると講師は見ています。

アーユルヴェーダのハーブ研究と本日のまとめ

アーユルヴェーダはインド亜大陸で5000年以上の歴史を持ち、「長寿の科学」と訳される学問です。約1万種類の植物を使う世界最大の植物利用学とされ(漢方は約6000種類)、WHOも推奨する代替医療の一つです。講師の研究室ではこのハーブを長く研究しており、長寿薬とされるハーブ製剤などが人の細胞の寿命を顕著に延ばし、線虫では約30〜40%寿命が延びると分かったため、現在はマウスで寿命試験を行っています。本日の4つの研究の現在地は、若い血液はマウスで実証済みだが人はこれから、カロリー制限は健康食の人には効果が出にくい、幹細胞は課題が多く時間がかかる、若返り薬は安全性が未知のものが多い、というものです。次回(第3回)は日常で取り入れられる若返りの実践がテーマです。

用語解説

  • 老化細胞:増殖能力を失った細胞。炎症性の物質などを放出し、周囲の正常な細胞に影響すると言われている。
  • パラビオシス:2匹の動物の体をつないで血液や体液を共有させる実験手法。
  • ES細胞:受精卵の発生途中から取り出される多能性幹細胞。さまざまな細胞になれる。
  • iPS細胞:皮膚などの体細胞に4つの遺伝子(山中因子)を導入してつくる人工多能性幹細胞。
  • 山中因子:iPS細胞をつくるために導入する4つの遺伝子。うち1つ(c-Myc)はがん遺伝子。
  • ラパマイシン:イースター島の放線菌から見つかった化合物。mTORを阻害し、免疫抑制剤として使われる。
  • mTOR:タンパク質合成などを調節するタンパク質。阻害するとオートファジーが誘導される。
  • オートファジー:細胞が自分の中の不要なものを分解・再利用する仕組み。
  • メトホルミン:糖尿病治療薬。AMPキナーゼに働きかけて糖代謝を整えるとされる。
  • NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド):ビタミンB3からつくられ、体内でNADに変換される物質。
  • NAD:エネルギー代謝に必須の物質。年齢とともに減少する。
  • サーチュイン遺伝子:老化や寿命に関わるとされる遺伝子群。
  • セノリティクス(老化細胞除去薬):老化細胞を特異的に除去することを目的とした薬剤。
  • SASP:老化細胞が放出する炎症性物質などの総称。
  • 加齢性疾患:加齢に伴って増える病気。糖尿病など。
  • アーユルヴェーダ:インド亜大陸に5000年以上の歴史を持つ伝統医学。「長寿の科学」と訳される。
  • 線虫:寿命研究でよく使われる小さな実験動物。

開催記録

正式タイトル:不老長寿研究のいま ~リバースエイジングの時代~(第2回/全4回)
開催時の申込ページ:Peatix
主催:一般社団法人 不老長寿研究会 協力:横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科 長寿科学研究室、イチバンライフ株式会社

\ 最新情報をチェック /